2015年02月28日

夢は日本にカタルーニャ村

わたしは、夢と目標は分けたい性質です。目標はバルセロナに行って人脈を作ることです。目標のために費やす労力は苦にはなりません。今は来年の5月に向けて貯金です。

たまにライブを観に来てくれる銀行員のおねえちゃんは、イタリア人のハーフで、来年はユーロ圏も規制緩和をするような噂があると教えてくれまして、来年は円が少しでも高くなってることを願うわけです。

今は志摩のスペイン村に、アンダルシアから出稼ぎにくるアンダルシア人が多いです。今、日本でギターを買えばアンダルシアより安く買えますし、渡航費も安いです。何度も言っていますが、南部のアンダルシアがフラメンコならば、北部のカタルーニャはルンバが主流です。そのくらい同じスペインでも文化が違います。

わたしの夢は、スペイン村にバルセロナの人を招いて、ルンバショーをしてほしいのです。そして、いつかはカタルーニャ村を作って、日本にルンバを広めたいです。

もしも夢が実現したときには、わたしはこの世に居ないかもしれません。でも、僕の考えですけど、世界でルンバほど色んな音楽を取り入れて、国境を越えて発展している音楽はないと思います。それは愛です。



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ピリオドが丸くてよかった。

山にのぼり、子ヤギの気持ちで、駆け足で下りてくるのですが、木の根や石を避けて、ジャンプしているときの浮遊感というのは、例えようのない快感で、それはバルセロナに行くと言い続け、それに向けて準備をしているのと似ています。一瞬でも気を抜くと、転んで怪我をするわけで、大切なのは転んだときにどう体を往なすかでありまして、この想像を文章に例えるならば、ピリオドが、地球と同じくして丸くてよかったと思うわけで、例え転んで終止符が打たれても、地球が周っている限りまた再び立ち上がれます。

小学生の頃、よく伝言ゲームをしましたが、今から思うと、もしも先生の最初のお題が食べ物の名前だったとして、それがめぐりめぐって、最後の生徒に「うんこ」と聞こえてしまい、それはそれで消化という自然な意味で理に適っているわけですが、わたしがここで、先生に「うんこ」と伝える生徒の術無さ(づつなさ)を憂うというのは、言葉を根無し草のようなに扱っている自分自身がいるわけで、悪気はないのだから別に「うんこ」良いじゃない!と除草剤のキャップを固く閉め直すわけです。

食べ物のお題を出した先生に、悪気はございませんので、これは良いスタートなのですが、最後の生徒に「よく言った!」と褒めるのか?「ふざけてるのか!」と叱るのか?この違いは、もっと遠い場所のスタート地点の問題でございまして、やはり人間は、生きる志しという基本的なものが、真のスタート地点でございまして、自身の教師でございますので、自分のスタート地点を見失っては、いくら奇麗な言葉を並べても、根も葉もなく、また朽木になっても、他人の栄養にはなれないわけでございます。

また、転んでも立ち上がる為にも、終止符が地球と同じで丸くして周っており、隣には月や火星、遠くには冥王星ではございませんが、一人では生きていけないということも、自覚する必要があります。

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posted by aki at 05:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月26日

セックスの方法を試行錯誤する日本の神様が好き

わたしが好きな神様は、水蛭子です。性別をもたない5柱の神様の後に、初めて性別をもって登場する神様が、イザナキとイザナミでありまして、彼らはさっそくセックスの方法を試行錯誤するわけですが、それも国生みの為と言われていますが、以下の文を読んでもらうと、国を生むより、とりあえずやってみたかった気持ちの方が強かったのではないかと思うわけです。

「僕の体には、大きくなりすぎたところがありますので、
あなたの大きくなっていないところを刺してみて、国でも生んでみませんか?」と。きっと、見下ろした下界の風景も、ロマンチックだったことでしょう。

同意の下、しかし女のイザナミさんの方から、男のイザナキさんを誘う形になってしまって、まぐわい的にそれはいかんと、きっとだいぶ後に伝来する仏様みなされて、お仕置きとばかりに、障害を持った子供が生まれてしまい、しかし、この夫婦は、子供の見た目が気持ち悪いので、臭いものには蓋をしろとばかりに、海に流してしまうわけで、その流れされた子供が、水蛭子でありまして、その水蛭子が、後々釣った鯛を嬉しそうに担いでにこにこ笑顔している恵比寿さんになったというのは有名な話です。

そんなものですから、日本で始めての離婚をしたのも、イザナキとイザナミでございます。その他にも、海幸彦とか、須佐之男とか、美人に目がくらみ、今の国土に寿命をつくるきっかけを作ってしまった邇邇藝命さん、まぁ、いろんな風に人生を謳歌している神様が、日本には沢山居られるわけで、その中でも、神様の癖に、誰一人として教えを説いていないというのは、まさしく釈迦も真っ青の、本当の無の境地でございます。

日本にはこのように、道徳心からはかけ離れた神様が沢山居られて、それでも、それぞれ色んな神社で祭られています。私は、そのような宗教観が非常に大好きで、なんとかしようとがんばった結果、こんなん出ました!みたいな、先は野となれ山となれというエネルギーの強さにあやかろうと、正月におみくじをひいたりするわけで、たとえ人生が大凶でも、鯛を釣ってにこにこしている水蛭子(恵比寿さん)が、わたしは大好きです。

さてみなさん、自分の死生観や人生観に合わせて、神様選び放題ですよ。

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2015年02月25日

火葬場の焼却炉に緊急消化ボタンを設置!

お花屋さんの色白のお姉さんが、あの世への旅立ちのことを憂い、善行と悪行の道徳勘定をしていたのですが、どう計算しても販売したのは、切り花の数が多すぎて、これは仕入先の花農家に出向いて、「いつも切ってばかりでごめんさなさい。」と詫びを入れておこうと、花農家の社長に会いに行きましたところ、社長が言うに、「そんなに悪いと思うなら、ひと晩付き合えや。」と、お姉さんもこれでプラマイ0になるなら、満更でもなさそうで、「それはだめよ、だめだめ。」と、はれほれひれはらとなり、その後夫婦になって花の直売店が出来ました。

そして、子供たちを全国に派遣して花のコンビニが出来ました。しかし、花を売ってるだけでは需要が少なすぎて、客の入りが少なく、なんとかせねばと、嫁は善行と悪行の道徳勘定の話を、私に懺悔すれば許してあげるとばかりに、肉屋や魚屋にも伝授して、ひとつのスーパーマーケットが生まれました。そうして、花屋以外の子供たちは、同じようにコンビニを作っていくわけですが、神である花屋の資本には敵わず、ラッキー7の一人勝ちに納まりそうなわけでございます。

こうして、スーパーマーケットが増える傍らで、シャッターを下ろす商店街が増えたのですが、彼らもただでは転ばず、何度も転ろばされているうちに、親父の体力に勝る二代目達が、なんやら転ぶことに興味を覚えてしまい、スケボーに乗りながら、なんども転んでいると、それを見たさに人が集まりだして、今では締まっていたシャッターを上げて、巻き返しをはかりつつあります。

私たちは生まれてきた以上、いつか死ぬわけでございまして、だからと、たとえば駅の構内の広告に、「上手な死に方」なんてキャッチフレーズのポスターは、不道徳だと貼らしてもらえませんが、実際のところ、死を無視して生きることばかりに固執することぐらい、不健康なことはないと思うわけで、花屋の嫁も、そろそろそういう時期がくると、あの世へ希望を抱き始めるわけで、あの世の天国へ逝くには、まずこの世の地盤を固めておこうと、その道徳勘定は加速してゆくわけで、それで大きな墓を建てる為に、安い賃金で労働者を雇うのですが、実はそれが墓ではなく、あの世へ逝く為の、蜘蛛の糸であったということは、誰も気が付かないわけでございます。

わたしたちは、狭い土地に犇き会いながら、小さな土地に、小さな墓を買わされて、火葬場で焼かれる順番待ちをするわけでございますが、わたしは巻き返しをはかる者として、人はなぜ生きるのか?というこの世の答えは、あの世で反省しながら答え合わせをして過ごすつもりでございますが、もしも火葬場で焼かれているときに、この世の巻き返しへの願いが通じて、焼かれている最中に生き返ったら困るので、そのときはすぐに自分自身で火が消せるように、焼却炉の中に緊急消化ボタンを押せるように設置し、お見送りの際は、お坊さんとご一緒に、お医者さんにも待機して頂くというのは如何かと、ドクター中松氏に提案してみたいと思うのです。

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2015年02月24日

理想のライブは自分では作れません

エスカレーターで、歩く人の為に、どちらかに人が寄っているというのが、外国人からすれば、日本人はなんて素晴らしい国なんだと評されることのひとつに思われているようですが、アナウンスでは、「エスカレーターでは歩かないように。」と流れているわけで、わたし的には微妙な気持ちがするわけです。

ところでつい1年くらいまで、スーパーのレジ袋について、レジ打ちのお姉さんが、「袋はどうしましょう?」と遠慮気味に言っていたのが、近頃は「袋は必要ですか?」と半分上から目線で言われるのも、時代の流れを感じるわけでして、しかし、その流れの副産物でしょうか、レジに並ぶとき、一度並んでしまったレジからは、たとえ隣りのレジの方が早いなぁと思っていても、その場から離れられなかったのが、最近は、人の後ろに並ぶのではなく、レジの間の中央に立って、先に並ぶ権利を得た人が、早くあいたレジの方で清算できるようになったのは、素晴らしいことだと思います。

しかし、合理的なことと、優しさは、技術の進歩と時代の流れに反比例して、袂を分かっていくわけでして、便利になればなるほど、手間が省ける分、JRや地下鉄の駅員さんの「ありがとーござーいまーす。」の言葉に、何か寂しさを感じないわけではありません。

わたしのような、音楽というものを売りにして、しかも技術派ではなく、エネルギーを売りにしている派の立場の人間からすれば、たとえ、向こうのレジの方が空いていても、こっちに来て並んでくれー!という欲求は、隠し切れず計り知れないわけでございまして、気合いが入りすぎて思わず放屁してしまい、「がんばってると思ってきたけど、なんか臭いぞー!」と客に思われたりするのは、これは雪辱なのでございます。

しかし、それでも客の方が一枚も二枚も上手でして、いくら臭くても、「臭くなーい!」と笑顔で素通りされるわけで、これは死にたいくらいの雪辱の極みでございまして、最近、わたしは出来る人を装って、ネクタイなどを締めているわけでございます。

日本でライブをしていて、日本でしかライブしたことないですけど、日本のお客さんは本当にお行儀がよく、黙って歌を聴いて、終われば拍手をするというのが、これまた美しく、日本人らしいと思うのですが、わたしの音楽は、わたしだけの器量では成り立たないところがございまして、とくにルンバは、ライブ中に放屁してもらってもよろしいわけで、わたしはその「ブー!」という音さえ、ライブに取り込むのが、ルンバの仕事でございます。

音には罪がないように、えろ本がえろいのではなく、それを観てえろいと思う人間の方がえろいのでございますので、とくにわたしのライブの場合、必ず、エレベーターに乗ったとき、私が「何階ですかー?」とお聞きしますので、警報が鳴らないまでは、ドンチャンやっていただければ結構です。

そして、いちばん大切なことは、黙って聴きたい人の邪魔をしないでください。手拍子のリズムがずれているとか、そういう問題ではございません。心が喜んで鳴っている音は、雑音にはなりません。思いっきり音を出しましょう。もしも、隣に黙っている人がいれば、トイレに入ってはるんだと思って、そっとしておいてあげましょう。その人も、必ず、「ザーッ」と音を立てて何かを流しておられます。

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ウルトラマン「ハシュ」のはなし

わたしのように、気性にムラのある人間は、騸馬よろしく去勢した方が、案外すっきり走れるかもしれないと、思うこともあるくらい、バイオリズムの上げ下げが激しく、とくにライブ前となると、そのナーバスぶりときたら、人にはご披露できないレベルにございます。

ところでみなさま、「目のウルトラマン」と聞いて、何をイメージされますか?? 実は今日、これで4回目なのですが、目のウルトラマンに変身という夢を見まして、ウルトラマンの名前はハッシュドビーフの「ハシュ」というのですが、毎回、変身のシーンで、目が覚めるので、まだ一度も「目のウルトラマン・ハシュ」になれたことはないのです。

わたしの想像では、人よりも、めちゃめちゃ見えるのではないかと思うわけで、きっと一般人には見えていない敵と戦うのかなぁ?とか思うわけでして、しかし、一般人には見えてないわけですから、周りから見れば、すごい太極拳を一人でしてる感じに映るのかなぁと、恥ずかしく思うわけです。たぶん、ビームとか必殺技とかは無さそうなんで、もしも敵が、わたしより強かったら、わたしは勝手に血まみれになっていくという仮定を踏むことになりますので、誰か救急車呼んでくれるかなー?警察呼んでくれるかなー?と、呼ばれても呼ばれなくても、どちらになっても心配です。

このお話は、わたしに文章力がないので、読むと面白くないのですが、実際に話し合うとかなり面白いネタです。それでも、バリバリインドネシアのサチさんが、山科にある生コン会社、通称「生コン屋」のことを、山科の海鼠屋と、聞きまちがっておられた話には、到底、及びません。

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posted by aki at 16:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アパート占領されました。

わたしの住んでいるアパートは6戸3階建てで、私は3階に住んでいます。2年くらい前からデリバリーヘルスの事務所が1階を占領していましたが、とうとうわたしの住んでいる部屋以外、すべてそのデリヘルに占領されてしまいました。

これは商品・・・?ですよね、この際、商品と呼んでももいいのですよね?きっと事務所以外の、他の部屋はそれらの物置になってると思うのですが、注文が入れば、ドバタンとドアが閉まる音とともに、カツカツカツっとヒールで階段を下りる音が響くのですが、そのときは、必ずアパートの前まで、配達の車がお向えにくるわけで、いちばんびっくりするのは、この商品の年季の入り方が半端じゃないのですよ!!きっと頼んだ人も、「いや、僕とこは頼んでません・・。」と言うだろう、そのくらいやばいのですよ。

しかし、人生いろいろですから、差別にあたるまで、言及するつもりはございませんが、わたしが住んでいるのは、静かな住宅街の片隅でして、周辺に住んで居られる方たちも高齢化が進んでまして、町内の力仕事はほとんどわたしの仕事なのですが、ときどき、あれ、お母さん、おめかししてお出かけですかーレレレノレー♪と間違えるくらいです。

実際、風紀的によくないので、ポリスマンにも相談したりしたこともあるのですが、これもなしのつぶてでございまして、自治体ぐるみでなんとかと、働きかけたこともあるのですが、近隣の住人さんも怯えてしまって、小声で井戸端会議のネタになるくらいです。

わたしは、仕事上、演奏の練習というのが課せられていまして、それは夜にいつも練習をするのですが、15年くらい前は、近所から煩い!と苦情をよく頂いてたわけですが、あるときから、わたしに「バンボちゃん」というニックネームが付きまして、どうもこのニックネームの由来は、僕が歌っている「バンボレオ」という曲からのようでして、それ以来、苦情はなくなりました。

おかげさまで、昨日も、火の用心に負けないくらいの声で、朝の5時まで歌って弾いてたわけですが、今日もうちのアパートの前の路地を、おばば、あ、違う、商品を迎えに、車がひっきりなしに往来しているわけで、一筋先の住宅街には子供も多いので、事故のないように願いながら、僕のバンボレオで、デリヘルが出て行ってくれるのを期待しているわけです。

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2015年02月22日

緑虫と呼ばないで(ポっ)

青汁改め、最近は緑虫を使った、「緑汁」という健康食品が流行っているそうですが、緑汁という名前は、商品名的にどうかと考えていましたが、さすがに別名がございまして、それは「ユーグレナ」と呼ぶそうです。

しかし、「ユーグレナ」なんて言葉を口に出すと、まるで自分自身が緑虫のファンみたいに思われて、少し気恥ずかしく感じます。だからやっぱり「緑汁」でいいわ、と思ってしまうわけで、名前のない商品名「ユーグレナ」・・。なかなか巧妙な商業戦略だなぁと、テレビを見ながら関心しておりました。

ユーグレナを、あえて緑虫と呼ぶことで、電車に乗り合わせた新聞を読んでいる禿げたおっさんも、愛しくみえてくるわけで、何気に肩に手をかけて、「よう!同士!」なんて声をかけてみたくなるわけです。

おじさま!平和とは何か?それは平和を定義しないことだ、という考え方にわたしは組していまして、この考えを人種、国境、そういうものを取っ払って、一人の個人にあてがうと、幸せと何だ?それは幸せを探すことだ、となるわけでございます。

そうして、次の世代に、わたしたちは何を引き継いで、どのような中継役になればいいのか?と考えると、わたしたちが、それを定義するべきではなく、わたしたちは、歯や髪の毛が抜け切るまで、自分を緑虫を松任すればよいわけで、何も彼らに期待する必要はありません。

きっと、わたしたち世代が、原発反対ー!基地の移転反対ー!などと、熱くなっていることも、教育されれば、されるほど、彼らは「好きにすればいいじゃないの?」と、虚無感とは違うクールさで、賛成・反対という2元論を超えた、新しい時代を作ってゆくでしょう。

わたしたちは、その彼らの足を引っ張らないように、それこそ、電車に吊り下げてある広告チラシを眺めながら、ケイコとマナブではなく、これが、ヨシコとヨシオならどうなるのか?くらいのことを思いながら、通勤電車という精神病院の待合室で、ユーグレナと呼ばれるのを待っていればいいわけです。

一億総無関心、心の晴耕雨読、それを基本に、自分の手に余るものは、困っている人にお裾分けしましょう。
今のマスコミが報道しているニュースの内容は、一人の手には収まりきらないことばかりですし、といって10人が手を出せば、誰が多いか少ないか?手の大きさを競う合うように出来ています。

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2015年02月20日

きっついワサビ入りの日本人なんて存在しないです。

わたしがプロレスに熱狂していたのは小学生の頃で、それは、この勝負が茶番だと分かっていても、それにのめり込む想像力が豊かであったわけで、レスラー役者に自分を投影していたわけであります。

時代は流れ、もうそんな茶番は飽き飽きだー!本物を見せろー!と、知りたい欲求が世間に広まり、K−1など、ガチンコらしきものが流行りましたが、あまりにも、勝負がオッズ的に安く、選手を見るだけで、戦う前から勝負の行方は知れてるます、こんな安物に賭けれるかボケ!と、このような興行も衰退しました。

その後、亀田親子の登場となるのですが、マスコミの異常な煽りに、視聴者は、擁護と否定に真っ二つに割れてしまい、マスコミ的には、視聴者が立場を二分して、やりやっているうちは儲かるぞー!と、どんどん過激な放送と煽りで、亀田親子の人生を貶めていく過程で、視聴者は、なんじゃこりゃー?プロレスより茶番やないかー?と気づき、ケバケバしさ満開の演出に、お茶や生け花のような、わびさびを欲し、これも時代の幕を閉じようとしています。

日本人は「おもてなし」の心を有し、大切にしていると言われていますが、究極の「おもてなし」とは、作品だけ残して、自分の存在は無かったことにすることでありまして、そういう意味で、この世界に日本人なんてものは存在しませんし、日本人は精神世界の人種なのであります。

しかし、近頃はスシを愛する日本人が斬首され、世界にネタとしてお目見えするような、新たな格闘技が流行りになりそうです。しかし、残業に追われ、自分の道に追われ、上司から愚痴を零され、自由人でさえ、不自由という鎖で繋がれている私たち世代は、この新しいプロレスもすぐに飽きることでしょう。最近は「あがり」が悪いぜ!と新たにアホな画策を常に練っている人たちには、きっついワサビ入りの日本人なんて存在しないことを、教えてあげるべきです。

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諦め悪くて値引きシール貼れません

バルセロナに行くと決めた日から、バルセロナのことを考えない日は1日一度もないわけで、みなさん、わたしのことをストイックだとか評してくださいますが、それは間違いでして、私は諦めることはしませんが、見切りは早いほうで、スーパーで値引きのシールを貼る仕事は向いていません。

スペイン語を、実際に話したい!聞きたい!ということで、スペイン人の彼女でも出来たらいいなぁと思うのですが、なんせ貯金の為に極力外出を控えているので、出会いの可能性は少ないわけで、それでも、自分の諦めの悪さが高じて、自分自身を見切っていないわけで、「このコロッケ、賞味期限ギリギリやのに、まだ値引きのシール貼ってないやんけー!!」と、客に怒鳴られても、「腐るまでまっとけボケ!」と、私はツンデレが出来ます。

さて、バルセロナでは、昼でもカーテンを閉めて、部屋は暗いらしいです。私の想像ですが、つい最近まで、フランコ政権下にあったスペインですから、なにか告げ口でもされたら、すぐにゲシュタポみたいなお巡りさんが捕まえにきたそうで、普段から、昼でもカーテンを閉めて告げ口から身を守っていたそうです。今では、バルセロナの人は、自分の家を見られることは、恥ずかしいことだと考えているらしく、きっと、昼でもカーテンを閉めてというのは、その名残なのでは?と想像しています。

先日、安部総理が答弁をするとき、その台本に、漢字にフリガナがうってあり、水を飲むタイミングまで記してあったそうですが、それでも私たちは、安部総理のことを、「こんな低学歴に付いていけるかー!」とか、「アホ総理ー!」とか罵ってはなりません。

それよりも、なぜ、このようなイメージ戦略によって、アホを隠す必要があるのか?嘘を吐き続ければ、喉が渇いてきます。そこで水を飲みたくなる、そこまで予想しているシナリオライターが、裏に存在するわけでして、わたしたちが安部下ろしに熱中するのは意味がありません。

それよりも、次の選挙をどうするか?それぞれ政党の理念が違うなら、わたしたち国民は、たとえば、消費税についても、食品には税金はかからないが、高級品には消費税がかかる等、国民が、平和とか自由とか浮ついた言葉に翻弄されず、国民の側が願いをひとつにまとめて、政治を動かすことを意識しなければなりません。

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posted by aki at 19:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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