2014年11月25日

ルンベーロが、タンゴフラメンコ挑戦。

先日、お知り合いの方から、次ぎ会ったときは、フラメンコをタンゴ唄ってくれと言ってもらいました。それは歌い手としての僕にとっては、非常に光栄にお言葉。

でも、僕はジプシールンバ専門の歌い手。職種的には「ルンベーロ」です。だからフラメンコなんて出来ません。でも、声をかけても貰ったことが嬉しくて、先日から挑戦しています。ギターの弾き方は、ルンバををタンゴらしく弾いてみただけだで、めちゃめちゃやし、カンテ(唄)も、ぜんぜん納得いかんのですけど、なぜだかやってて楽しい。

ドゥエンデに憑りつかれたように、唄うというより、鳴けたらいいなぁと思います。

まだ、始めて4日目なんですけど、続けることによって、なんとかなりそうな気がするので、
演奏の良し悪しは、許して頂いて、はじめてのタンゴフラメンコの練習中の録音を、
アップすることにしました。



おやすみなさい。

※ドゥエンデとはhttp://www.jspanish.com/yomimono/lorca/lorca2.html
posted by aki at 01:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ルンバ唄いが、タンゴフラメンコに挑戦。

先日、お知り合いの方から、次ぎ会ったときは、フラメンコをタンゴ唄ってくれと言ってもらいました。それは歌い手としての僕にとっては、非常に光栄にお言葉。

でも、僕はジプシールンバ専門の歌い手。職種的には「ルンベーロ」です。だからフラメンコなんて出来ません。でも、声をかけても貰ったことが嬉しくて、先日から挑戦しています。ギターの弾き方は、ルンバををタンゴらしく弾いてみただけだで、めちゃめちゃやし、カンテ(唄)も、ぜんぜん納得いかんのですけど、なぜだかやってて楽しい。

ドゥエンでに憑りつかれたように、唄うというより、鳴けたらいいなぁと思います。

まだ、始めて4日目なんですけど、続けることによって、なんとかなりそうな気がするので、
演奏の良し悪しは、許して頂いて、はじめてのタンゴフラメンコの練習中の録音を、
アップすることにしました。



おやすみなさい。

※ドゥエンデとはhttp://www.jspanish.com/yomimono/lorca/lorca2.html




posted by aki at 01:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月17日

心の声

まずは、わからんやに観に来てくれはった人、今日はありがとうございました。
来れなかった人も、心からありがとう。

今日はね、音とリズムでお客さんと会話したかったんで、
ライブ中、一言も喋らんとこう思ってたんです。

ライブ半ばで心折れましたね。
ええ音でやってるのに、もったいないなぁ。

喋ってしまいました(笑)

でも、心折れてから、お客さんと話しながらやった、
ラスト1曲前にやったジョビジョバ。

それの第一声目、

「アイ・ニーニャー」

のアイの部分ね、そこだけやけど、僕の声は、みんなと繋がった。

その一瞬の為に、生きとるのかと思えば、それだけでも、本当にありがたいけど、
次回は、「ニーニャー」の部分も本気で出せたらええな。

心の蓋を取った声で!

posted by aki at 03:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月14日

白血病を生かす


白血病を経験したことは、自分の人生の中で、3大イベントのひとつに数えられる。
この病気を患ったことは、寛解して退院してから後、10年くらいは他人に話せなかった。

それは、中学のときだったのだけど、入院したのは、京都府立医科大学病院の
血液内科の子供病棟だった。子供病棟だったので、下は0歳児から入院していた。
自分はその病棟の中では、年上の方だった。

抗がん剤投与が始まると、白血球が減少するので、感染症を防ぐために、
大部屋から個室の無菌室に移ることになる。そして、そのまま大部屋に帰って来れなかった
子供達を何人も見てきた。個室の前に、家族の人たちが群がって遺体が運ばれていく光景を
見るたびに、生きていることに罪悪感のようなものを感じた。

昨日まで、仲良くしていた子供が、あくる日に個室に移って、そして死んでしまうというのは、
まるで、戦場で戦友を失うようだった。

そのような罪悪感を消化する方法が見つからなくて、10年間、自分が白血病を患ったことを、
他人に話せなかった。過去を生かす方法が見つからなかったのだ。

しかし、故山本空外という人の、「命の賛歌」をの一文を呼んだ時に、
世界が変わりました。この方は広島で原爆に見舞われた人のなのですが、
この人が言うには、

「同じ原爆に出会っても、サトリようが違う。たとえば、雨が降るというのは一つです。
しかし、雨が降った味わいは、ひとりみんな違います。雨が降らなければ、庭木が枯れて
しまうというときの、庭を持っている人の味わい方と、庭を持っておられんひとの味わい、
それは、さとりといってもさとれない。感じられません。そこをいうのです。」


自分は、白血病を患いましたが、その味わいは人それぞれ違うのです。
自分はこの言葉を知って、はじめて、自分の白血病を理解しました。
それなりに理解をすれば、僕の白血病は、過去を生かす糧になりました。

自分の過去を生かすには、自分の存在は、この世に一人しかいない。
とういうことの尊さが身にしみます。

ですので、自分の歌は、誰にも真似できないし、また、自分もだれの真似もできない。
そこを、心情として、死ぬまで、生かして生きたいものです。


mati.jpg
posted by aki at 04:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本のルンバ(試作)Rumba Japonés (la producción de prueba)

日本のルンバの試作品1号ができました。どうぞ聴いてください。まだまだ改善の余地があります。前進するということを考えると、一度区切りをつけてみようと思いました。そういう意味での試作1号音源です。最終的なコンセプト的には、たとえば、めちゃめちゃ悲しく重い歌詞でも、ルンバのリズムに乗せて、笑って歌えることなんですが・・まだまだ・・。


triste es amor(悲しい愛)

あきらめなさい
彼女はもう 愛していないのだから
決して(本当は)忘れない 愛に悩みながら

わたしが泣くのを見て
あなたは目を覚ます
あなたのろうそくが
だらしなく燃えてる
置き去りにするけれど
好きだから消せない
不完全な言葉が
悩ましげに燃えている

Lai・・・triste es amor...

(涙の)涙と海が塩辛いのは(agua) 同じ水だから
どうして どうして どうして 泣いているの?


それが君が歩いて
選んだ道ならば 
愛を求めないで
そんな風に
生きてきたのだから
愛をわすれなさい
繰り返す波を
夕日に捨てたとて
思い出してしまうけど

あなたがそこにいたの
あなたがあそこにいたのよ

忘れるためには彼女のことを
もう一度思いださなければいけない
生きる為には彼女はもう愛を忘れているよ

Lai・・・triste es amor


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2014年11月12日

自分を生かし、他人を生かしていこう

サッカーの本田が、「個の力」とよく言っているが、
あの言葉をもっと解りやすく言うならば、
「自分にしかないスキルを認識し、それを高めよ。」
という意味だと思う。

そもそも、この世に生まれた喜びを謳歌するならば、
「自分は自分に生まれてきてよかった。」
と思えることであろう。

この世には一人として同じ人間なんていないので、
「自分は自分に生まれてきてよかった。」
と思うのは至極当然のことかもしれない。

しかし、人生には境遇というものが付きまとう。
不幸だと思えば、不幸だと思えたり、
幸福だと思えば幸福だと思えたりする。

ですので、考え方のスタート地点が大切になる。
不幸も幸福も、生かすことによって報われる。

生かしていこう、自分を生かし、他人を生かしていこう、
同時進行ではない、自分の痛みは、自分にしかわからない。

自分を生かし、他人を生かしていこう、
考え方のスタート地点が大切である。

posted by aki at 20:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月05日

自分も生きて相手も生かす


「いいギターがあるで〜」

弦を買いに行ったとき、社長が言ってくれました。

それは、僕にとって良いギターという意味です。
僕の弾き方、キャラクター、それに伴う音色が、僕にピッタリくるという意味です。

僕が使うギターは、木で出来ています。(ほとんどのギターがそうですが。)
世の中に一本として同じ木は存在しません。その中で、僕に合ったギターがあるということは、
喜ばしいように思えますが、これは本当は恥ずべきことなのです。

僕の理想は、どんなギターでも、そのギターを見て触ったときに、
そのギターの木の特質、育った環境の想像ができて、その材質を生かしきって弾くことです。

つまり、「自分も生きて相手も生かす」という関係がベストなのですが、なかなか至れません。

「いいギターがあるで〜」

そう仰ってくれた、楽器屋の社長は、僕のこのようなジレンマを
口には出されませんが、当然ご存知です。

フラメンコギターの神様、「パコデルシア」が、ギターの名工「アルカンヘル」にギターの製作を依頼したとき、アルカンヘルは、「おまえはコンデ・エルマノスで始めたのだから、それを弾いとけ!」と、パコデルシアの依頼を、断り続けた有名な話があります。

12月、新しいセカンドギター買います。
そのために、演奏の仕事がんばって、節約にもがんばってます。

posted by aki at 20:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月04日

本当のコーヒールンバ


原語のコーヒールンバの歌詞をご存知ですか?
こちらのサイトで、解りやすく和訳しておられます。

http://www.geocities.jp/pppppppihyghhg/Paroles/espanol/cafe/cafe.htm


この和訳をモチーフにして、歌詞にしました。黒人と南米の原住民との
間に生まれた「zambo」の歴史を、マヌエル君の恋の中に暗喩したつもりです。
みなさん自分の心に照らし合わせて、それぞれに言葉にならない何かを
想像してもらえると嬉しいです。

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「コーヒーを挽きながら」

夕陽が落ちて暗闇がやってくる

この静けさはコーヒー畑のざわめき

この歌は遠く昔の石でできた

碾き臼が回す悲しい愛のお噺

ある恋の苦しみが

マヌエルの黒い肌に

夜はゆっくりゆっくり静かに寂しく溶けてゆく

そしてコーヒー豆を挽く音に

泪を啜る声が響く

光る二つの瞳それは

黒い肌に浮かぶ悲しい本当のコーヒールンバ

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そして、唄ってみました。






posted by aki at 20:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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